大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)221号 決定

抗告人 株式会社池栄織物工場

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由の要旨は、「本件仮差押決定正本には請求金額金一六〇円と記載されてあるのに金一六〇万円の債権ありとして執行したのは違法である。仮に右一六〇円が一六〇万円の誤記であるとしても、執行吏はこれを誤記と判定すべき職務権限を有しないのであつて、更正決定をまつて始めて執行すべき筋合であるのに拘らず、誤記のままの仮差押決定によつて執行したのは違法である。又原決定は執行吏が誤記であることを認識した上敢て強制執行に及んだとしても著しく正義に反するものとは認め難いとの理由で抗告人の右主張を排斥したが、正義則なる観念は実体上の判断に適用せらるべきで、形式上の違法を主張する本件においてはその適用は制約せらるべきである。よつて、原決定の取消を求める」というのである。

よつて、案ずるに、執行機関はこれに基いてなされる債務名義の形成に従い執行すべきものであつて、その実体上の請求権の存在及び債務名義自体の形式的効力についてはこれを審査する権限を有しないことは勿論であるが、執行機関としても執行をなす必要上、債務名義の内容が如何なるものであるかについてはこれを審査しなければ債務名義に従つた適正妥当な執行をなしえないから、これが解釈認定をなすべき職責を有するものといわねばならない。従つて、債務名義に明白な誤謬があり、執行機関においてこれを明白な誤謬と認定することが実体上の請求権の存在について判断を加え、債務名義の内容を変更するものでないときは、更正決定の有無を問わず、執行機関は正当な意義を発見し、これに従つて執行すべきものである。ところで、本件仮処差押決定正本によると、請求金額として金一六〇円、但し別紙債権目録記載の約束手形金並びに為替手形金と記載し、別紙債権目録には約束手形金として二〇万円、五万円、為替手形金として一〇万円六口、一五万円五口を記載しているのであつて、その債権額合計が一六〇万円であることは算数上極めて明白であるから、右金一六〇円が一六〇万円の誤記であることは前記請求金額欄の記載自体によつて一見明瞭なものというべく、かかる場合執行機関においてこれを誤記と認定したからといつて、実体上の請求権の存在について判断を加え、債務名義の内容を変更するものということはできない。而して、本件において執行機関である執行吏がこれを明白な誤記と認めて金一六〇万円につき仮差押をしていることは本件記録に徴し明白であるから、右仮差押を以て執行吏がその権限を逸脱してなした違法な執行とすることはできない。

従つて、抗告人の主張はその余の判断をなすまでもなく理由がない。

その他本件記録を精査しても原決定には違法を認めない。

よつて、本件抗告は理由がないから、民事訴訟法第四一四条第三八四条第九五条第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例